Aimable エマーブル こころ館

からだとこころの癒しサロン エマーブル 

相手の声を聴くために

JACIMのホームページ別館に掲載されていた、ケネス・ワプニック心理学博士のコミュニケーションについての論文がすごくわかりやすかった。

普段私たちは、コミュニケーションにおいて無意識に「自分を満たす」ことをしようとしている。

だから、巷でいわれるテクニックの多くは、相手の言葉を聞きながら、いかに自分の主張を上手く伝えるか、というものがほとんどだと思う。

だけど、私たちがいくら互いに敬意を払っていても、コミュニケーションにおいて「自分の必要を満たそうという意図」を持つ限り、そこには必ず不満がつきまとうし、相手の声を真に聞くことはできない、と博士は述べている。

「主張」をしたいとき、それが受け入れられるべき、と信じているとき、私たちはどこかで恐れている。

それに対して、「相手がこうだから」、とか「これはこうあるべきだから」とか、いろいろと理由をつけたくなるけれど、それは恐れの根本じゃない。

恐れのおおもとの原因は、「私」とは個であるという観念そのものに対し感じている不足感であり、全体(=源、=愛)との分離感だ。

そしてその信念は、何より、自他をゆるさない(=分離を継続させたい)という決断によって固く守られている。

 

私たちは、自我の欠乏感と剥奪感によって命じられるままに、自分のもつ必要を、いかなる代価を払ってでも、何とかして満たそうとします。

ただし、その代価を支払うのは自分以外の誰かであることを望んでいます。

そうして、自我の渇望する充足感を見出すために、私たちは相手の幸福を犠牲にしようとするのです。

そんな私たちが、どうして相手に耳を傾けることなどできるでしょう?

ケネス・ワプニック(論文「どう聴くのかを学ぶ」より引用)

 

真のコミュニケーション、真に聞くことを選ぶのなら、大切なことは、主張の欲求の裏に隠してきた、恐れや不安感をひとつひとつ手放していくことだということを、あらためて理解させてくれたように思う。