Aimable エマーブル こころ館

からだとこころの癒しサロン エマーブル 

ホ・オポノポノに学ぶ、内なる3つの意識

ホ・オポノポノ(Hoʻoponopono)は、ハワイにおける、告白による和解と許しの習慣、社会秩序・家族関係を回復するための習慣、病気からの回復法・予防法である。

Wikipediaより

ホ・オポノポノを簡単に伝えると、4つの言葉でインナーチャイルド(潜在意識)を癒やし、現実を変えていくメソッドのこと。

4つの言葉はとても簡単で
「ありがとう。ごめんなさい。ゆるしてください。愛しています。」それだけ。

その言葉を、苦しみを感じたとき、内に向かい伝える。

何故それで現実が変わるのかというと、私たちの思考や感情を司る無意識領域に働きかけるから。

 

私たちは、ここにいる今の自分が、目の前のできごとに対し思考や感情を生みだし、それが苦しみの元のように錯覚しているけれど、実は思考や感情のほとんど(90%以上)は潜在意識からの影響を受けている。

そしてその領域は、12歳〜13歳くらいまでの間に大部分が形成されるが、それは無意識領域ともよばれ、そのはたらきに自然に気づくことは難しい。

だから、目の前のできごとに対して心が苦しみや怒り、悲しみを感じるとき、その多くは無意識の今も癒されていない訴えが引き起こしていることが多い。

 

たいていの癒やされていない感情は、防衛のための観念(〜べき)をつくりだす。

たとえば、誰かに何かを言われて怒りを覚えたとする、そのとき、その怒りの根底には、事柄や他者、自己に対し「こうあるべき」という観念がある。

その観念へのこだわりが強いほど、そこには過去の恐れが隠れている。それらは自分を守るための剣、あるいは盾のようなものでもあるからだ。

 

その形成に、過去の経験そのものがいかに過酷であったか、は直接的な要因ではないと私は感じている。

どちらかといえばそれは、傷つくことや、わきあがるそのままの感情、また自己の弱さや未熟さを否定してきたことに由来する。

傷ついたからでなく、充分に傷つくことができなかった、傷つく自己を受容できなかった、という抵抗の影響が大きい。

 

だから湧き出る思いや感情をただありのままに認め、ゆるし、観念という重荷を握りしめてきた力を手放すことを、無意識に選択させてくれるホ・オポノポノは、心の癒しとなるのだと思う。

4つの言葉は、まさにありのままの受容を引きだすからだ。

 

また、ホ・オポノポノにはそこから派生したさまざまなメソッドが出ていて、例えばそれを引き寄せなど物理的な利益を得るために利用しようとするものもある。

もちろん、結果的にはそれはありえるかもしれないけれど、それを意図的に行うことは本末転倒になるのでは、と私は思う。

何故なら先に述べたように、観念(執着)を手放せないのは、抵抗が原因なのに、引き寄せようという意図にはどこまでもコントロール(=否定、抵抗)が付き纏うからだ。

 

そこで大切になってくるのが、私たちの別の意識である、顕在意識と超意識。
顕在意識とは、普段私たちが認識しやすい領域。たとえば、ここへ行こうとか、AとBどちらにしようとか、日常的に何かを選択している部分。

ホ・オポノポノでは顕在意識を母とし、超意識を父、幼いころの未消化の感情である潜在意識を子どもと捉える。

私たちの思考や感情は、潜在意識からの影響を多大に受けているが、だから潜在意識をより快適にすれば良いのかというと、確かにそれは日常を前向きにしてくれるかもしれない。だけど言い換えれば潜在意識(=この肉体の過去(子ども)の記憶)にいつまでも「わたし」が左右され続けるということでもある。

 

では真の「わたし」が何かというと、それはホ・オポノポノでいうところの超意識=霊的な自己なのだと思う。

誰もの内にある超意識は、この身体を超えた自己であり、それに気づくことがホ・オポノポノの要でもある。
自己をこの身体そのものと信じたまま、傷ついた多くの記憶を無にすることは、私たちにはできない。

受容とはゆるすこと(罪を恩赦するのではなく、そこに罪そのものをみない決断)であり、そのとき過去はようやく本当の意味で過去(=無)となる。

 

ありのままが、ありのままに存在することを、ただ受容できること。それほどの癒しはない。

ホ・オポノポノは、ひとりひとりの内にそんな癒しの力の源泉があることを、思いださせてくれる。